OKADA BRICK 岡田煉瓦製造所

Column

コラム

「謹製」という言葉に込めて

受け継がれる、
 ものづくりの姿勢

2026.10.15

四十年の眠りを解く。

― 4億円を懸けた、二代目トンネル窯の物語 ―

「煙道の引きが、いつもと違う」

「焼成温度の上がり方が、いつもと違う」

2026年、岡田煉瓦製造所のトンネル窯で、普段とは異なる変化が見られるようになりました。煉瓦の焼き上がりを左右する温度管理は、私たちにとって非常に重要な仕事です。原因を調査したところ、送風配管まわりの煉瓦が崩れかけ、そこから外気を吸い込んでいることが分かりました。補修のため、積み重なった煉瓦を一つひとつ取り外していきます。すると、その奥にぽっかりと空間が現れました。1987年の築造以来、約40年間にわたって閉ざされていた場所です。ライトを差し込むと、そこには私たちが初めて目にする空間が広がっていました。

このトンネル窯が造られたのは、今から39年前の1987年(昭和62年)。実は、この窯が誕生するまでには、岡田煉瓦の将来を懸けた大きな決断がありました。少し、昔の話をさせてください。

角窯からトンネル窯へ

岡田煉瓦製造所の創業は、1897年(明治30年)。創業当時は角窯を使い、時代とともに複数の窯で煉瓦を製造してきました。大きな転機となったのが1965年(昭和40年)です。山義築炉所によって、全長30mの初代トンネル窯が建造されました。トンネル窯とは、煉瓦を積んだ台車を長い窯の中で順次移動させながら、連続して焼成する設備です。従来の角窯とは異なり、継続的な生産が可能になりました。

しかし、それから20年ほどが経過すると、初代トンネル窯にも限界が見え始めます。

初代トンネル窯の限界

1980年代、初代トンネル窯は老朽化が進み、焼成品質に問題を抱えるようになっていました。本来であれば月産25万個の生産能力がありましたが、焼成台車を送る速度を遅くし、月産20万個まで生産量を落としていました。それでも、満足のいく焼き上がりにはなりませんでした。当時は焼成台車に煉瓦を10段積みにしていましたが、下の3段については、十分な品質が得られなくなっていたのです。一方、同業他社では、鈴木煉瓦が月産70万個、岡本煉瓦が月産50万個という生産能力を持っていました。岡田煉瓦は、生産量でも品質面でも競争力を失いつつありました。このままではいけない。そう考えたのが、当時専務だった岡田敏夫です。

この写真には、設備更新を前にした当時の工場と、そこで働いていた人たちの姿が残されています。

当時の金額で4億円

1987年(昭和62年)。岡田敏夫は、二代目トンネル窯の建造、新工場の建設、そして自動化ラインの導入を進めました。その総投資額は、当時の金額で、約4億円。初代の30mから、二代目は全長60mへ。新しいトンネル窯は日炉によって建造され、製造工程には自動化設備も導入されました。

岡田煉瓦にとって、会社の将来を懸けた大規模な設備投資でした。しかし、この計画は決して順調に進んだわけではありません。実は、ちょっとした裏話があります。

社長と専務の大喧嘩

当時の社長は、4代目の岡田鑛太郎。岡田煉瓦は、それまで無借金経営を続けていました。そこへ、専務の岡田敏夫が4億円もの設備投資を計画したのです。当然、簡単に話がまとまるはずもありません。聞くところによると、社長と専務は大喧嘩。それでも岡田敏夫は、会社の将来のためには設備更新が必要だと考え、計画を進めました。そして迎えた、新工場の竣工式。なんと、4代目社長の岡田鑛太郎は、竣工式をボイコットしてしまったそうです。さらに、当時融資を担当していた金融機関の支店長も、社長と専務の様子を見て、

「この会社は大丈夫か……」

と、あきれていたとか。今となっては笑い話のように語られていますが、当時の当事者たちにとっては、決して笑い事ではなかったのでしょう。無借金経営を守ってきた社長。将来のために、大きな設備投資が必要だと考えた専務。どちらも、岡田煉瓦を思ってのことだったのだと思います。そして、その決断によって生まれたのが、現在も私たちが使っている二代目トンネル窯です。

そして、2026年

あれから39年。1987年に建造された二代目トンネル窯は、現在も岡田煉瓦のものづくりを支えています。もちろん、40年近く使い続けていれば、あちらこちらに傷みも出てきます。今回の煙道補修も、その一つです。補修のために煉瓦を取り外し、長年閉ざされていた空間を目にしたとき、改めてこの窯が歩んできた時間を感じました。1987年、4億円という大きな投資を決断した人がいました。その決断に反対した人もいました。窯を設計し、工場を建設した人たちがいました。そして、その設備を使い、手入れを重ねながら、煉瓦を焼き続けてきた人たちがいます。

今、私たちが煉瓦を製造できているのは、そうした人たちの積み重ねがあるからです。

2026年、岡田煉瓦は今もレンガ製造を続けています。39年前の大きな決断によって生まれたトンネル窯。これからも手入れをしながら、大切に使い続けていきたいと思います。

戻る
consultation レンガに関する
ご相談はこちら
Online Shop オンラインで
レンガを購入する