OKADA BRICK 岡田煉瓦製造所

Column

コラム

「謹製」という言葉に込めて

受け継がれる、
 ものづくりの姿勢

2026.10.08

昭和16年、岡田煉瓦は全国第二位だった。

― 強い煉瓦をつくるために、必要な「時間」と「仕事」 ―

岡田煉瓦の歴史を調べていると、ときどき思いがけない記録に出会います。今回、『岡田煉瓦100年史』を読み返していて、改めて気になった記録があります。昭和16年(1941年)、耐圧強度試験で全国第二位。当時、日本赤煉瓦統制組合が全国の煉瓦工場から煉瓦を集め、窯業試験場で耐圧強度試験を実施したところ、岡田煉瓦が全国第二位になったという記録です。

創業から44年。当時の岡田煉瓦が、全国でも高い強度を持つ煉瓦を製造していたことが分かります。この記録を見て、現在煉瓦を製造している私は、一つのことを考えました。なぜ、当時の岡田煉瓦の煉瓦は強かったのでしょうか。

煉瓦は、なぜ焼くと硬くなるのか

煉瓦の強度を高めるためには、いくつもの条件があります。原料の選定、成形時の密度、乾燥状態、そして焼成温度と焼成時間です。中でも、私が特に重要だと考えているのが、煉瓦をしっかりと「焼き締める」ことです。煉瓦の原料である粘土には、シリカ(二酸化ケイ素)やアルミナなど、さまざまな成分が含まれています。成形した粘土を高温で焼くと、内部では化学的・物理的な変化が起こります。その一つが「焼結」です。焼結とは、熱によって原料の粒子同士の結合が進み、焼き物が緻密になっていく現象です。原料によって温度は異なりますが、1000℃前後の高温域では、焼結が大きく進む場合があります。粘土に含まれる成分の一部が反応してガラス質の液相を生じ、それが粒子同士の結合を助けます。もともと粒子の集まりだった粘土が、焼成によって一体化し、硬い煉瓦へと変わっていくのです。この過程では収縮も起こり、内部の空隙が減少することで、一般に強度が高まっていきます。ただし、温度を上げれば上げるほど強くなるわけではありません。焼き過ぎれば変形や膨れが発生することもあります。大切なのは、原料に適した温度まで上げ、必要な時間をかけて焼き締めることです。

赤く焼ければ、それで完成なのか

煉瓦は、見た目が赤煉瓦らしく焼き上がっていても、内部まで十分に焼き締まっているとは限りません。窯の熱は、煉瓦の表面から内部へと伝わっていきます。そのため、表面だけでなく、内部まで必要な温度に達するように焼成条件を考える必要があります。そして、内部の温度が上がれば、それだけでよいというわけでもありません。焼結は温度だけでなく、時間にも影響されます。つまり、「何度まで焼いたか」だけではなく、「どれだけの時間、熱を与えたか」も重要なのです。現在の岡田煉瓦では、約60mのトンネル窯を使っています。煉瓦を載せた台車が窯の中を進みながら、徐々に温度が上がり、焼成されていきます。私たちが焼成を考えるときも、単に最高温度だけを見ているわけではありません。煉瓦の内部まで十分に焼き締まるように、温度と時間の両方を考えています。

硬い煉瓦をつくることは、意外と難しくない

現在の製造技術から考えると、煉瓦の強度を高めること自体は、意外と難しいことではありません。もちろん、原料や成形条件にも左右されますが、原料に適した温度まで上げ、十分な時間をかけて焼き締めることで、強度を高めることができます。しかし、ここで一つ問題があります。

硬い煉瓦をつくることと、硬い煉瓦を量産することは、まったく別の話なのです。

煉瓦を十分に焼き締めようとすれば、それだけの熱量が必要になります。燃料費がかかります。焼成時間が長くなれば、一定期間に製造できる数量も減ってしまいます。そして、窯の温度を適切に管理するための手間も増えます。商売として考えれば、できるだけ短い時間で、できるだけ少ない燃料を使って製造したい。それは、ものづくりをしている人であれば、誰もが考えることではないでしょうか。煉瓦も同じです。焼成時間を短くできれば、生産効率を上げられる場合があります。しかし、外観上は問題のない赤煉瓦に仕上がっていても、内部の焼結が十分に進んでいるとは限りません。必要な強度を確保するためには、必要な温度と時間をかけなければなりません。もちろん、長く焼けば必ず良い煉瓦になるわけではありません。無駄な時間をかけることが、丁寧なものづくりなのではないと思います。

必要な時間を、必要なだけかける。

その判断こそが、製造メーカーに求められる仕事なのだと感じています。つくろうと思えばつくれる。しかし、それを何万個、何十万個と安定してつくり続けることは、簡単ではありません。

昔は、人が火と向き合っていた

では、昭和16年当時はどうだったのでしょうか。現在の岡田煉瓦では、重油をバーナーへ供給し、温度を計測しながら焼成しています。しかし、当時の窯は今とはまったく違います。『岡田煉瓦100年史』には、職人が窯の前に立ち、自ら燃料を投入している写真が残されています。

石炭を使う窯では、人が燃料をくべ、火の状態を見ながら焼成していました。現在のように、燃料が自動的に供給される設備とは違います。火を強くしたいときも、温度を維持したいときも、人の仕事が必要でした。煉瓦を長い時間焼くということは、単に窯を長く動かすことではありません。

人が長い時間、火と向き合い続けることでもあったはずです。

そして、長時間焼けば燃料も多く必要になります。職人の手間も増えます。生産量にも影響します。当時も商売である以上、燃料費や生産効率を考えなかったはずはありません。その中で、どのように品質と生産性を両立させていたのでしょうか。残念ながら、当時の詳しい焼成温度や焼成時間までは分かっていません。また、全国第二位という結果が、長時間焼成によって生まれたものだと断定することもできません。原料の品質や成形技術、窯の構造など、さまざまな条件が関係していたはずです。それでも、現在煉瓦を量産している立場から考えると、強度と生産性を両立させることの難しさを、改めて感じるのです。

全国第二位。その数字の向こう側

以前のコラムでは、明治32年(1899年)に完成した浦賀ドックについて紹介しました。当初予定されていた煉瓦に品質上の問題があり、その後、岡田煉瓦が大量の煉瓦を納めることになったという歴史です。また、日本陶器株式会社との関係を調べた際には、品質の高い煉瓦を求められ、それに応えるために岡田煉瓦が製造技術を磨いてきたことも分かりました。そして昭和16年、耐圧強度試験で全国第二位。それぞれの出来事が、直接つながっていると証明できるわけではありません。しかし、こうした記録を時代に沿って並べてみると、岡田煉瓦が長く大切にしてきたものが、少しずつ見えてくる気がします。

「より良い煉瓦をつくる。」

言葉にすれば、とても当たり前のことです。しかし、それを実際の製造で続けることは、決して簡単ではありません。原料を選ぶこと。しっかりと成形すること。内部まで十分に焼き締めること。そのために必要な時間をかけること。一つひとつは、特別なことではないのかもしれません。でも、そうした当たり前の仕事を、どこまで丁寧に積み重ねることができるのか。そこに、製造メーカーとしての考え方が表れるのだと思います。

強い煉瓦をつくろうとする「思想」

現在の設備であれば、原料を選び、焼成条件を調整することで、煉瓦の強度を高めることができます。設備も原料も、昔とは大きく変わりました。しかし、強い煉瓦をつくる技術と、強い煉瓦をつくろうとする考え方は、少し違うものだと思います。技術は時代とともに進歩します。設備も新しくなります。それでも、必要な工程を省かず、求める品質まできちんと仕上げようとする姿勢は、時代が変わっても大切にできるものです。以前、「焼過」の歴史を調べたときにも、似たことを感じました。昔と今では窯も燃料も焼成方法も違います。それでも、強く、長く残る煉瓦をつくろうとする考え方は、受け継いでいきたい。昭和16年の「全国第二位」という記録を見て、私は改めてそう感じました。もちろん、当時の職人たちが何を考え、どのような焼成をしていたのか、そのすべてを知ることはできません。それでも、100年史に残された一つの記録は、現在煉瓦をつくっている私たちに、ものづくりの原点を考えるきっかけを与えてくれます。

早くつくることよりも、必要なところまできちんとつくること。

そのために必要な「時間」と「仕事」を大切にする。昭和16年の全国第二位という記録から、私たちが受け継ぎたいのは、順位そのものではなく、そんなものづくりへの姿勢なのかもしれません。

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