2026.10.19
煉瓦は、夜がいい。
― 静かな街と、あたたかな灯り ―
私は、静かな街が好きです。
昼間の街は色鮮やかで、人や車、自転車が行き交っています。どうしても動いているものに目が向いてしまい、街の景観をじっくり眺めることは、意外と少ないように思います。ところが夜になると、街は違った表情を見せます。人や車の行き来が少なくなり、昼間の賑わいが落ち着くと、それまで気づかなかった街の景観が、照明の光によって浮かび上がってきます。暗くなることで、かえって見えてくるものがあるのです。写真は、東京・豊洲の歩道です。昼間は人が行き交う場所ですが、夜になると人通りも少なくなり、静かな街並みが広がります。街路樹や建物の灯りに照らされた煉瓦舗装が、昼間とは違った温かな表情を見せています。ふと足を止めて、そんな景色を眺める。私は、そんな時間が好きです。

煉瓦の凹凸を、光で見せる。
同じ豊洲でも、運河沿いの煉瓦壁は、また違った表情を見せています。こちらには、表面にコブのある煉瓦が使われています。煉瓦は化粧面を見せるように積まれており、深目地によって一つひとつの輪郭が際立っています。目地の奥に影が生まれることで、ゴツゴツとした煉瓦の量感や重厚感が伝わってきます。さらに、煉瓦の表面に設けられたコブが、大きな凹凸を生み出しています。そこに間接照明の光が斜めから当たると、深目地による陰影と、コブによる陰影が重なり、壁全体の立体感が一層強調されます。昼間でも、煉瓦の形状や重厚感を楽しむことはできます。しかし、夜になると周囲が暗くなり、照明の当たる部分と影になる部分のコントラストが強くなります。
深目地が煉瓦の量感を際立たせ、コブが光と影に変化を生み出す。
私は、こうした煉瓦の形状と照明の組み合わせに、大きな魅力を感じています。

たった3mmの違いが、デザインになる。
煉瓦と照明の組み合わせは、屋外だけのものではありません。写真は、東京・日本橋のコレド室町で撮影したレンガタイルの壁です。この壁には、厚みが3mmずつ異なる3種類のレンガタイルが使われています。たった3mmの違いですが、組み合わせることで壁面に細かな凹凸が生まれます。そこに照明の光が当たると、わずかな段差にも影ができ、壁全体に立体感が生まれます。一枚一枚の厚みの違いは小さくても、それが壁一面に広がることで、豊かな表情になるのです。屋外では、太陽の位置や時間帯によって煉瓦の表情が変化します。一方、室内であれば、照明の位置や角度を工夫することで、昼夜を問わず、意図した陰影を見せることができます。特別に大きな凹凸をつくらなくても、厚みを少し変えるだけで、光と影によるデザインが生まれます。
たった3mmの違いが、光によって魅力になる。
煉瓦そのものをデザインするだけでなく、煉瓦がつくる影までデザインする。そんな考え方があってもよいのではないでしょうか。

煉瓦の厚みに、意味を持たせる。
煉瓦やレンガタイルには、ある程度の厚みがあります。施工性だけを考えれば、建材は薄いほうが都合のよい場面も多いと思います。軽くなり、施工時の負担が減り、納まりの自由度も増します。しかし、私たちがつくる煉瓦には、厚みが必要な理由があります。以前のコラムで、弊社のレンガタイルと一般的なタイルの違いを、モルタルとコンクリートの違いに例えてご紹介しました。弊社の煉瓦には、粒子の大きな骨材が含まれています。その骨材が、ザラザラとした表面や、焼き物らしい粗い質感を生み出しています。もちろん、原料の粒子を細かくすれば、もっと薄い製品をつくることも考えられます。しかし、それでは私たちが大切にしている「煉瓦らしさ」が失われてしまうように思うのです。では、煉瓦らしさを残すために厚みを持たせるとして、その厚みは単なるデメリットなのでしょうか。私は、そうは思いません。
厚みがあるからこそ、できる見せ方がある。
その可能性を、もっと考えてみたいのです。
厚みを魅力に変える「陰影タイル」。
実は以前、弊社では「陰影タイル」というレンガタイルを開発したことがあります。レンガタイルの厚みを、単なる施工上の制約ではなく、デザインの魅力に変えられないだろうか。そんな発想から生まれた製品です。陰影タイルは、厚みが15mmから25mmへと変化する形状で、最大10mmの高低差をつくることができます。さらに、同じタイルでも並べ方を変えることで、「段差」「樹皮」「編込み」「うねり」といった異なる表情を生み出せるように考えました。そして、この製品の魅力を引き出すうえで重要なのが「光」です。自然光であれば、太陽の傾きによって陰影が変化します。朝と夕方、夏と冬。同じ壁でも、光の当たり方によって異なる表情を見せることができます。ただし、その魅力を十分に引き出すには、壁面の方位や太陽の動きを考慮した、緻密な設計が必要です。例えば、日差しが入りやすい南向きの壁面なのか、建物の影になる場所なのか。それによって、陰影の現れ方は大きく変わります。一方、間接照明であれば、太陽の動きを意識する必要はありません。照明の位置や角度を工夫することで、時間帯や天候に左右されず、狙った陰影を安定して見せることができます。もちろん、どこに光を当て、どこに影を落とすかという照明計画は重要です。
自然光で、移ろう陰影を楽しむ。間接照明で、陰影をデザインする。
私たちがつくりたかったのは、単に凹凸のあるレンガタイルではなく、光と影を楽しむためのレンガタイルでした。

つくるだけでは、伝わらなかった。
私たち自身、陰影タイルはとても面白い製品だと思っていました。しかし、その魅力や使い方を設計者の方々に十分に紹介することができず、採用につなげることができませんでした。結果として、陰影タイルは試作段階で終わり、現在は廃番となっています。自分たちが面白いと思うものをつくれば、その価値は自然と伝わる。どこかで、そんな期待をしていたのかもしれません。しかし、製品の魅力は、つくっただけでは伝わりません。どのような場所に使い、どのように並べ、どこから光を当てれば魅力を引き出せるのか。そこまで考え、提案することも、メーカーの仕事なのだと思います。煉瓦には、色や形だけでは語りきれない魅力があります。厚み、質感、凹凸、わずかな歪み。それらを光と組み合わせることで、昼間とは違った表情を生み出すことができます。私たちは照明を設計する会社ではありませんし、街全体の景観をつくる立場でもありません。それでも、煉瓦を製造するメーカーとして、素材の特徴や可能性をもっと伝えていきたいと考えています。最終的に、陰影タイルを商品として育てることはできませんでした。しかし、「煉瓦の厚みを生かし、光と影でデザインする」という考え方は、今でも変わりません。昼間は多くの人が行き交い、夜には静かに灯りがともる街。夜になっても、つい歩きたくなる街。そんな街の景色を思い浮かべながら、煉瓦の使い方を考えていただけたらうれしいです。そして、このコラムが、煉瓦の新しい使い方を考えるきっかけや、設計のヒントに少しでもなったなら。
陰影タイルの開発は、決して無駄ではなかったのだと思います。





